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2008.07.09 Wed
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2006.11.24 Fri
よくある ある夜なんですが。
11月18日
・夕方から、知り合ったかけだしの助監督のNさんと待ち合わせして、PLACE Mの 門井幸子さんの「夢の島 VOL.2」を見に行く。
・助監督のNさんが、明日の撮影のためのレンタカーを借りに行くというので、手伝う。レンタカー屋さんで、乗用車をアップして、いつもつかう安上がりの駐車場にもっていくのだが、このNさん、運転はペーパードライバー、助手席にのっていて、冷や汗を、なんどもかく。しまいには、私が運転することにしてしまう。映画の製作では、劇中車(エキストラ車というものもある)をはじめ、何台も車をつかう。Nさん、運転覚えてください。ゆくゆくのため。聞けば、明日はほかの人が運転するそうだ。安心する。
・いつも会っているチーフ助監督さんのAさんと、合流。
Nさん、Aさん、と私、監督(兼、制作会社の社長なんですが)ゴールデン街の店にいって、監督のボトルをだしてもらい飲み始める。ここで、写真情報をママサンから聞く。
(なんせ、ゴールデン街は表現の梁山泊(りょうざんぱく)見たいな店が多いのであるが、表現と飲み屋が混在していて、表現をみたり聞いたりすることが好きな人にとっては、とても、いいところである。少し、場末っぽいところがいい)
ナダールで、一人の女性を、6人で撮るという企画のチラシを受け取る。なんと、(大阪での初個展の場所の)BEATS GALLERY を運営している、写真家 岡島慎一郎さんが、この6人の1人で、驚く。6人の紹介と顔写真がのっているが、ちょっと、怪しいチラシになっていた。(このチラシもらえなかったのだが。会場にいけばもらえるだろう)
この店で、Aさん、Nさんと飲んでいると、岡島さんがとても好きだといっていた写真家のY.A さん(その人がプライベートのときの名前は書きませんが。個展などの、公式なときの名前は本名で書きますが)が顔を出す。この前、個展を2月に 見に行ったおりだったので、Y.Aさんと少しお話をする(すこし、緊張なんだが。お話ができて、とてもうれしかったのだが)
・飲んでいると、いつのまにか Nさん、姿を消す。Aさんと、ゴールデン街をもう一軒、カラオケとはしごする。終電がでてしまったので、時間はもう気にならなくなってしまう(こんなことは、しょちゅうなんだが。いつもつれあいに心配かけている。反省なんであるが)
また、また、映画の人たちと飲むのは(なんせ、さそったのは私なんで、悪く言えるはずがないのだが)、鬼門なんだよなあ、とおもう。なぜか、といえば、この日も、次の朝になってきずいたが、携帯をどこかに、置き忘れてきてた。
また、胸ポケットにいれていた小銭で清算していたが、うしろポケットの財布もこれまた、どこかに置き忘れてきた。お金も、クレジットも入っていないので心配はないが、ほかのところの立替えの領収書がはいっているので、出てこないと、清算ができない(約1万円なんだが)
あまり心配はしていない。こういうことは、よくあるので(私がだらしないのだが)、次の日か、数日後、顔を出すと、携帯も、財布もでてくるのだが(過去、2回ほど、でてこなかったが)
・次の日は、小さな製作映画のドライバー兼、製作部助手(?)眠気をこらえての仕事。この日の夜(実は昨日)は爆睡(ばくすい)する。
・人と会うのが好きなんで、飲みながら話すも好きなんで、飲むことは多いいが、ちゃんと、終電をよんで、家に帰ろうね。次の日の身がもたない、(ドライバーをやっていたので、眠気事故は厳禁なのである。ほかの事故もしてはならない のは当然であるが)のである。深く、反省なんであるが。
助監督 兼、演出部のAさん、深夜おそくまでの おつきあいありがとう、なんですね。
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| 日記
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2006.11.24 Fri
たったひとつの.......
たったひとつの
たったひとつの 写真に 心ふるえる
たったひとつの 言葉に 心ふるえる
たったひとつの 音に 心ふるえる
たったひとつの 絵に 心ふるえる
たったひとつの 猫に 心ふるえる
たったひとつの 電車に 心ふるえる
たったひとつの 街角に 心ふるえる
たったひとつの 風に 心ふるえる
たったひとつの 雲に 心ふるえる
たったひとつの 人の 生きように こころ ふるえる
たったひとつの 言葉は 私に とどかない
たったひとつの 言葉は 私に とどく
たったひとつの 傷は ふかい
たったひとつの 傷は あさい
たったひとつの ワタシ(私)は......
たったひとつ......
| エッセイ
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2006.11.14 Tue
初雪
わたしのホームページの掲示板に、昨日、よる、北海道の浄仙さんが、地元の初雪とおもわれる、写真をはってくれた。
次は、そのBBSに、わたしが書いたコメントからを、ここに、転載するだけなのですが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どうも写真ありがとう。
北海道は、もう、初雪なんですね。
昨日、新潟中越に電話しました。山は、今週の日曜で、真っ白だとか。新潟地方は、今週は雨の日だそうで、雨がいつか、みぞれになり、(初)雪になるそうです。初雪がふってから、雪はいったんやみ、12月、なかごろから、どんどん、ふりつもるのだそうです。
北海道も、中越も、1年の3分の1以上を雪にどじこめられる、いいことなのか、よくないことなのかは、わかりませんが、そんな、季節がそこまできているようですね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
拙BBSは、こちらから。
http://bbs11.fc2.com/php/e.php/nemuri-tarou/☆ 私は個展がはじまると、私の写真が旅立っていくと思っているが。
拙BBSも、ホームをつくりました。個展が始まりました。何日から、個展です。本つくりました。今日は、シチュウをつくりました。なんぞ、ご自由に。ああ、そうそう、民宿始めました。どこそこの温泉にいってきたので、載せます、もいいなあ。私は、YAHOOで、ドメインをとっていて、ジオシティーズ(YAHOOのホームページ関連のことを、YAHOOはこう呼んでいる)の、アクセス解析は、おかげさまで、1600アクセスをかぞえている。
私のBBSをつかうと、結構、伝わりますですね。
情報は、口コミがけっこういいね。
口コミで伝わる、写真展とか。いいねe.
拙ホームのBBSが自由に、また、ここでリンク集をかねたりしているんだが、人に頼む前に、自分でも投稿しなくてはね。
そう思っていますねw ♪
| 日記
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2006.11.10 Fri
すこし読書はお休みしたい今日この頃です
前回、「つれづれなるままに」というタイトルで
<「歎異抄」とであって思うのは、深いなあ、と思う>
と書いたが。
本屋で「教行信証」(親鸞・岩波文庫)やら、「教行信証入門」(石田瑞麿著、学術文庫)やら、「浄土三部経」(岩波文庫)やら、インターネットの古本屋経由で、柳宗悦「妙好人論集」(岩波文庫)やら、この本が、今回の真打ちだろうかなあ、「妙好人」(鈴木大拙、法蔵館)などを購入したが.....
すこし、やめます ですね。読み進めるのをですね。
「妙好人」(鈴木大拙、法蔵館)を、(買ってきた本をよまずに)、まず、「妙好人」なんですが....
鈴木大拙は著「妙好人」でいう。(眠り太郎意訳ですが)
親鸞聖人には、2つのことがあるという。ひとつは、法然をついでの、なぜ、念仏なのか、というのを、ありとあらゆる経典を引用しながら構築(書き表した)した「教行信証」という書がある。阿弥陀経への親鸞の信念を、ただ信念ですといわず、あやゆる経典を引いて立証だてていく。ここまで、万巻の経典を読みこなし、その上で、それをさらに論述する学徒 親鸞がいる。
もうひとつは、親鸞の和賛と「歎異抄」の世界、ゆるゆるとおのが思うもことを、語った親鸞の言葉の体系。
大きくいって この2つは違うが、2つとも親鸞なのである。
(「教行信証」は漢文で書いたものらしい。その当時、なにかを論じるのは、漢文だったのだろう。岩波文庫のは、書き出し文の体裁であるが。和賛は、和語、ひらがな―土佐日記をはじめとする、日本語の和語の世界―なんでしょうね)
鈴木大拙によれば、人はものを考えていき、最終的には、大建築、伽藍(がらん)を構築しようとするという。
→なるほど。思想家を読むとき、でてくるのが、著者全20数巻の全著作集というのがあって、いつも、私が興味を引く人は、この全巻をどこかで買わなくてはなあ、といって、買ったことはないのだが。この全著作とか思想体系とか、いのうは、伽藍なんだろうなあ。
親鸞は「教行信証」で、伽藍をうちたてようとしたし、大建築である伽藍(がらん)をたててしまったようである。
それと別に、とわずだたりの世界 和賛・恵信尼(えしんに、親鸞のつれあいなんですが)への手紙、門徒への手紙、そして唯円の書いた親鸞の問わずがたりを集めた「歎異抄」がある。
どちらも親鸞であり、その問わずがたりが、衆生(しゅうぜい、民衆といったほうがいいのかな)に、伝わり、それが、連如という人などを得たりして、民衆のなかに入っていく。
(端的にいえば、わたしは高校が大阪だったのだが、門徒および、京都や関西方面では、浄土真宗東本願寺、西本願寺を、おひがしさん、おにしさん、と通称で呼ぶことが多いい、
これなどは、庶民の中に、庶民に親しみをこめていわれる浄土真宗なのだろうか というような気がする。浄土真宗には、いろいろな、分団がありますが)
とここまで書いて....
わたしは、私の日記をホームにもときどき、載せてはいるが、将来それを読んだ人が、ホームで親鸞を書いていますが、「こういう文書は知っていますか」といわれたら、「読んでいませんが。そこに、どういうことが書いてあるのですか」と相手に聞こうと思う。わたしも、できるるなら、親鸞をもっとしりたい気持ちはあるが、学問していく経学者ではないのである。
ここにこういうことを書いてある。わたしは、それを読んでいないかもしれない、だとしたら、4回で書いてきた親鸞像は、はなはだ、いいかげんなもの、といわれるかも、だろう。
深く問われれば、反論のしようがない、でも、なぜか「歎異抄」について、書きたかったとしか、いいようがないのだが。
ねがわくば、親鸞がこういうことを、書いていますが、どうでしょうかね など、私のホームページから、わたし宛にメールがおくれるので、ご連絡くださいませ。
(私宛のメール機能のはなんとか直し、直してみればたわいがなかったのだが、今は、地の果てからでも、インターネットにつながる端末があれば、メール送れます。よろしくですね)
どこかで「教行信証」は、読み深めたいし、和賛もよみたいものであるし、恵信尼への手紙も読んでみたいものであるが、一度たなあげにしようと、いま、思っているのである。
多くの本を読みたいが、鈴木大拙氏の本とか、柳宗悦の著述とか、沖縄の、いはふゆう氏の本とか、東洋と西洋を見ようとした堀田善衛氏の本とか、なんで、それぞれが、死ぬまでたくさんの文書を書きのこすのだろう。そこに深い意味があるのでしょうが、しばし、つきあい きれん とも思う。
ま、とりあえず、読みのはお休み、すこし、頭がすっきりせず、疲れてはいるが。
ぶらぶらと、カメラもって、そろそろ、どっこかにでかけたい、あるいは、お金をえる仕事を無心にする、旅にでたいなあ、と思う午前であるが。
| エッセイ
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2006.11.07 Tue
つれづれになるままに
「歎異抄」とであって思うのは、深いなあ、と思う。
これは時代を考えなければ、ならないのだろう。
おそらく、親鸞は若き、叡山にのぼるのだが、腐敗したそれでおごっている僧をみたのだろう。僧侶は、空海のように、自分であゆむというよりは、時の権力の庇護のもとに、人々の苦しみと無縁なところで、栄華の美酒に酔っていたのかも。
「歎異抄」の深さにおどろいている。
☆ 私は、人におしえる立場ではない。わたしを慕う人を弟子と思わない。弥陀の教え(本願)にみちびかれる、私もみなも、同一なのである(歎異抄、2章)
(福沢諭吉の「天は人の上にひとをつくらず、人の下に人をつくらず」という言葉を、鎌倉時代にいっている。おどろきであるなあ)
☆ われは、弥陀の本願のための念仏一筋、これの一念である。(第4章)念仏でなにができるのですか、という世間の揶揄、あざわらいに、無碍(むげ)の一念で、とおした。
おどおど、ふりまわされることはなかったようだ。
☆ そうでありながら、念仏の道を、信じるもよし、信じないのもよし、その迷いがあるから(煩悩があるから)、ますます、弥陀の本願があるのです、という考え方。
信じるもよし、信じないのもよし、という言い方は、なんかいいなあw ♪ (第1章)
僧侶が、時の権力にまつりあげられ、多くの人々が字もかけず(その当時の教育制度なんて、武士の師弟か僧侶の師弟のためにのみあったんだと思う)、空海や最澄のように、もっと、仏をしりたくても、知る手段もなく、そういう大多数の人々のその中で(お百姓さん、漁師さん、きこりさん かな)、自分も一衆生(しゅうぜい)として、ひとびととともに、仏を知ろうとしたんだと思う。
煩悩の中にこそ人がある。それでいいのですね。だからこそ、仏の本願が大事であり、念仏が大事なのですね(易行なんだが)
それは、親鸞なきあと、教団ができたことよりも、それはそれで意味があると私は考えてはいるが、一向一揆の土壌となり、
(年貢を納められない人々が、あなたの政策はまちがっていると為政者に言い始めること)、そしてまた、妙好人(みょうこうにん)という人々をたくさん生んでいくのである。
妙好人は、柳宗悦、鈴木大拙の著作で深く知ることができるが、後日に...(柳宗悦「妙好人論集」(岩波文庫)など)
☆広い宇宙のチッポケナ人間イガミ合わないでさぁ〜
もっと、楽しく生きたいよね〜
(浄仙さんというお方のわたしへの励ましのコメントより、なんですが)
自分もきたないところがあるだろう。ずるいところもあるだろうね。私の生き方がただしい(とは親鸞はどこでもいっていないのだが)と人に押し付けて「あんたは間違っている」というから、いがみあいになるのだろうなあ。
人の意見の食い違いで自殺においこまれる、たしかにそうだようなあ、自分がいけないのだろう(人とうまくやるとか、上司をたてるとか、強調性が私にはうすいんだろうね)とは思うが、会社勤めで、極度のノイローゼに何度もなった。あの時,鬱(うつ)状態から自殺なんてことも考えたが、今からおもえば、命をたたなくてよかったと思うし、りんさんとの出会い、写真との再度の出会いなど、生きることの楽しさを味わっているが。
以下は、五木寛之の文章で私が感じた文章なのですが。
(前略)ですから、自殺と他殺とは紙一重どころか、背中あわせの関係にあるということです。「どうも最近は、凶悪犯罪が多いね」と溜息まじりに話すことがよくありますが、それは自殺の増加と無関係ではない。むしろイコールの関係だとおもわざるをえないのです。ふっとみずからの命を絶ち、軽々しく他者の命を奪う―私たちは戦争中に勝るとも劣らない、死との隣合わせの時代にいきているのです。それを平和と呼べるのか、ひょっとしたら、私たちは平和という白昼夢の中にいるだけではないのか。
古い仏教の言葉で<横超(おうちょう)>という言葉があります。問題を解決しようとしてまっすぐ進んでいったときに、どうしても突破できない高くて厚い壁があったとする。そうした際に、いったん曲がって横に逸(そ)れてみる。壁の前で座り込んで挫折するのではなく、一度大きく遠回りしたり、壁の下を堀り進んでみるという考え方です。
深刻な悩みを抱えて、もう死にたいと思い詰めている人たちは、この<横超>という考え方を是非思い起こしてほしいのです。
五木寛之著「他力」34(章) ― 自殺と他殺は背中合わせの関係 ― の章よりの引用でしたが。
| エッセイ
| 21:35
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2006.11.06 Mon
歎異抄と宿業(?)猫と私
愚徳なわたしは、あれも、これもと手をだして、にっちもさっちも、よういかんというか、なにをしたいんだろうと、ただ、漫然と日々をすごしているかなあ......!? 行きあったりばったりな人なんですよね。私は(自分で書くのも おかしいかな)
なんか心がいろいろと定まらないですネ。
親鸞のことをかいて、もう少し深くと、歎異抄を一応全部よみまして(歎異抄自体は、口語訳もふくめてそんなに、長くはないのだが)
あと、五木寛之の「他力」という本を読んでいる。
文章表現がまどろっこしく感じるときもあるが、この人の他力(本願他力などのことなんだが)は、う〜む、深く考えているというか、人生(経験)の言葉なんだろうな。本は読みやすい(読み飛ばすと危険であるし、簡単な一言に はっとしたりする)
こういう本を、法然もいっている、易行ということなんだろう。
また、歎異抄の10条かなにかにでてくる、宗門による経典の教義は意味がないってかいてあるが、宗門の教義よりも大事なこと、それを、五木寛之の本から教えてもらっている気がする。
まあ、親鸞のいや、いろいろ生きていくうえで 惑いはおおいいですが、まどったら、この「他力」という本一度読んでみるのも、いいかもしれません。
「歎異抄」(梅村猛、講談社・学術文庫がおすすめかなあ)は、おすすめですが、まあ、これは、親鸞の言葉などを、近くにいた
(親鸞は弟子とか、間違っているといっていて、阿弥陀の前には、先生とか、弟子とか、なにか私が教えるとか、違うことですよ といっている)
唯円という人がまとめた本なんです。すごく誤解を受ける本ですネ
(それは、世間の常識より、阿弥陀仏の真理をつたえようとするからですが。世間の常識という眼をどこかにもっていると、歎異抄は、なかなか、心に響かないんではないでしょうかね。
するどく、血反吐(ちへど)を吐いたような論旨であり、梅村猛氏によれば、パラドックス(逆説)の ぱらっ毒す(?眠り太郎言葉)だそうで、それを、どう、それぞれが 受け取るか でしょうね。きっと。
わたしは「歎異抄」に惹かれること、多々ありますが....
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
なんとは なしに時は過ぎ行く のである。
うちのつれいあい(りんりんさん)の新しい日記にもでてくるが、うちのりん(愛猫ですね)の特別出入り口から、狸みたいな猫が出入りし始めて、1週間ですね。
そんで、人が寝静まった夜中なんか、居間で腹出して寝ていたり(一度水を飲もうと 電気をつけて見てしまったのですが)、りんの餌、たべてしまったり、なんですが。
首輪をしているので、家猫なんでしょうが、ちょっとうちで、ゆっくりしているのかと、思っていましたが、どうも、様子がおかしい。
で、思っているのが、どこかでだれかが、引越しの時に、首輪をつけたまま捨てていったのかな、と、それで、ひもじくて うちに来るのかなと。
うちのりんはすぐに追い出す性癖がありますが、りんに「兄貴分としてかわいがってやりなさい」と いつもより 多めに にぼしをあげたので、りんはわかってくれたようで、今は共存かなあ。
うちにすむもよし。また、うちをでて旅にでるのも よろし。
漂ってくださいね。宿業 ( しゅくごう) をかかえながら、生きて行って下さいねw ♪
| エッセイ
| 07:37
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2006.11.03 Fri
親鸞 その3
浄土真宗本願寺(西本願寺)の、ホームページに「浄土真宗の生活信条」というのがのっていた。
以下引用です。
浄土真宗本願寺(西本願寺)HP 【浄土真宗の生活信条】
一、み仏の誓いを信じ
尊いみ名をとなえつつ 強く明るく生き抜きます
一、み仏の光をあおぎ
常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励みます
一、み仏の教えにしたがい
正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめます
一、み仏の恵みを喜び
互いにうやまい助けあい 社会のために尽します
昭和三十三年四月十六日
以上引用でしたが。
この4か条 を、読みながらいろいろなことを考えた。
親鸞がひたすら考え抜いたことは、阿弥陀仏への帰依であり、念仏をとなえることであったと、思う。
若き日 叡山にのぼり、そこを降りて、法然と出会い、浄土三部経と呼ばれる無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経との出会いであり、それまでの仏教と たもとをわかち、また、己の煩悩と自己欲をみつめ(そういうことを超越したのです とは、終生書いていないのですが)、その中で、阿弥陀仏への帰依と念仏のみをとなえること(易行であり、民衆のなかへ、仏教が入っていく、梅原猛の著作より)、そのことを、語り続けた人のようです。
わたしがなぜ驚いているのかは、夏目漱石は近代自我のなかで、そのことを深く問い、また、深く問うたがために、神経衰弱になっていくのですが、親鸞の著作をよむと、700年も前に、近代自我ではないのですが、近世を迎えるという古き時代に、こんなにも深くなやみ、自分を愚衆とみならがら、思索を深め、浄土宗をひろめるための (浄土真宗という呼称は、親鸞亡き後のことなんですが)行脚であったようですね。
親鸞、法然、一遍、そして、浄土経について、機会があればゆるゆると、読み、また、そこからなにかを、吸収したいものだと、思うこのごろですね。
☆ 山崎龍明著 「歎異抄を語る」より
それは、自我が全くなくなるというのではありません。自我むきだしの自己であるということが深く知らされるということです。それは、人間にっとては深い懺悔となります。
悲しみは痛みともなります。人間であるということに対する悲しみです。このあたりを親鸞聖人は
悲しきかな愚禿鸞(ぐとくらん)、愛欲の広海に沈没(ちんもつ)し、名利の太山(たいせん)に迷惑して、定聚(じょうじゅ)の数に入ることを喜ばず、真証の証(さとり)に近づくことを快(たの)しまざることを、恥づべし痛(いた)むべしと。
(親鸞 「教行信証」信巻『聖典』)
と記しました。(略)私なりに意訳してみましょう。
ああ! なんと悲しいことであるか、この愚かな親鸞という人間は。 常に欲望のとりこになり、あれが欲しい、損した、徳をしたといった思いに埋没し、また、名聞 (人の上に立ちたい)と利養 (利欲をむさぼって、自分の身をこやす)にまどって、かならず仏の証を得ることにまちがいない(正定聚)という位に入ることさえ喜べず、正真正銘の証に近づくことさえ、たのしみにならない。なんと恥づべきこと、いたましい私であるか。
以下略。
| エッセイ
| 07:34
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2006.11.01 Wed
親鸞 その2
☆「歎異抄 第3章 悪人正機(しょうき)の章」から
NHK 「こころの時代 宗教・時代」 のテキストブック
山崎龍明 著 「歎異抄を語る」 上巻
以下は上記よりの引用ですが。92頁から93頁にかけての引用ですネ。
一般論になってしまいまいますが、宗教とは、あくまでも自己(私)自信のありようと人生に対する学びが出発点だと思います。人生とはなにかといった哲学的思弁ではなく、この人生をいかに生きることが、深く豊かな生き方といえるのか、という問いと 求道が 宗教の基本的な問題ではないでしょうか。ただひたすら善い人間をめざすのが宗教ではありません。宗教は(一般社会の:眠り太郎のつけくわえ)道徳すら越えたものとしてあり、ときに、社会にとって、人間にとって不道徳な側面を発揮することもありうるのです。イエスの受難の生涯、釈尊(ブッタのこと:眠り太郎補足)が「若者をさらっていく」(出家させてしまう)と非難されたことなどが、そのことを物語っているといえないでしょうか。
宗教が世俗の価値観を否定し、あるいは、相対化して、人間が根拠とするに足るものはなにかと求めるのであれば、それは当然なことなのです。宗教と道徳との違いを明確にしないと、本来の宗教というものが、ますます、見えなくなります。
『歎異抄』第3条の「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」という言葉に対する誤解に一貫するのは、(世間一般の)「道徳心」にあると思います。(とらわれてしまってみているから)この言葉の誤解が「悪を助長するもの」「不道徳きわまる教え」という視点からのものがほとんどあることを考えるとき、日本の仏教観の道徳性を深く感じます。
(眠り太郎による脚注:
仏教が、さも道徳をとくもの、倫理を説くもの、そういうものとして仏教がつかわれてきた。それが、日本人のもつ仏教観なのであるが、はたして、それが仏教なのか、ブッタが後生につたえたかったことなのだろうかな、と)
(歎異抄の)第3条を「倫理以上の信仰」(暁鳥敏『歎異抄講和』講談社学術文庫)といった人がいました。
ここに「しかるを世のひつのつねにいはく」(歎異抄の第3条に言葉)というのは、世間一般常識を生きる人、多くの人々ということです。世間の人は、善人が往生することができるだから、まして(や)悪人が往生するのは当然であるというと、それは、間違いだ、あやまりだといいます。
この(世間からの)指摘はもっともだとは思いますが、しかし、阿弥陀仏の本願の世界とは全く違うということです。「本願他力の意趣にそむけり」と明確な断定をしています。世間でいっていることは、阿弥陀仏の本願の根本趣意にそむいている、つまり、阿弥陀仏がその昔、誓いをたてた大慈大悲のこころに全く違背しているといいます。
「悪人でも往生するのだから、善人はもちろんのこと」 こんなことは阿弥陀仏の世界からは考えることすらできないと、強い表現で(「歎異抄 第3条の中で)示していると(思われます) (以下略ですが)
| エッセイ
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